若手は若手?

全国的にそうなのかも知れないが,この地域では合板の FJやY15,K16CやY19 などを自作で作り始めたのが ヨットの草創期で,その時代を支えたのは 1940年から1945年生まれの 人達だった。

その頃から およそ三十年余,先輩達は六十代の半ばにさしかかり ヨットから離れた人もいるし ヨットを続けている人もいる。    私がヨットを始めたのは 三十年前で 草創期を支えた先輩達はまだ若く元気があり 同じ頃にヨットを始めた私や友人はまさに若手だった。  クルージングの段取りをし レースの運営に当たり 忘年会の場をあたり  花見用に錨を打った 嫌ではなかったしそれはそれで楽しかった(ナニシロ若手なので)。

 同じ時代にヨットを始めた 私や友人はほぼ同年代で、五十プラス、マイナス五、 そろそろ老後の事を考える年代なので 若手とは思えぬし ゲストから ”オジサン” 呼ばわりされるくらいなので 見た目も若手ではなかろう。

 先日、とあるヨットの会合があり出席した。 どうやって普及をさせて若者を引き込むか の 話だったのだが、その場には先輩達も出席していておっしゃった ”これからは 君達 若者に頑張ってもらわねば”    思わず友人と顔を見合わせた ”オレ達のことか?”        どうも私達の事らしい。  今まで三十年を若手で過ごし、このままでいくと たとえ歯が抜けても、腰が曲がっても あと十年は 私達は若者?でいられる。

 私の故郷は 高齢化が問題になる山間部で 今も親戚が住んでいる。 青年団の定年はナント六十! 六十五から老人会に入るそうで 老人会では七十は若手。  サバイバルの戦いは、今の所、百二歳まで続くそうだ。

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ヨットのエンジン

ヨットのエンジン
ディンギーと言われる小型ヨットには積んでいないが ,少し大型のクルーザーと言われるヨットには 通常エンジンが積まれている。 

 出入港の時は、ヨットでもエンジンを使わねば、ならない。  風の向きと強さによってはそのままポンツーンから セーリングで出たり、セーリングでポンツーンに着けたりできるが そんな事は 年に数回もない。

 私の乗る30フィートのヨットに積んでいる三気筒の ディーゼルエンジンは 静かではなく、振動もするが、それがあるからこそ沖に出て セールを揚げてエンジンを止めるのが楽しみになる。  音も振動もなかったら 島に着くまでエンジンで走るかも知れない。

 エンジンを止めたヨットは 実に静かになり 遠くの船が起こした波を掻き分ける ザーッと言う音だけしか聞こえない。                                          風の力で少し傾いた船体(ハル)は、前後左右に軽く揺れながら 海面をかき分け、後に航跡を残しながら 舵を当てた方向へ進む(遅いが)。 海面を泳ぐカモメも、音もなしに近づくヨットには警戒心が薄く 頭を打ちそうになって慌てて逃げていく。           近くを帆走るヨットに手をあげて挨拶をし、また其々の方向に分かれて行く。

 ヨット乗りはこの開放感が好きなので、そのために なけなしの小遣いを遣い、ペンキだらけになってペンキを塗り、油だらけになってエンジンの整備をし、震える足を押さえながらマストに登る。

 逆説的だが、音と振動のするエンジンがなければ 音と振動のない所には行けない。 水を美味しく飲むためには、水を飲まない事。   物を美味しく食べるのには、物を食べない事。  と似ている。

 今日は半日セーリングを楽しみ、帰ってコクピットにペンキを塗り、エンジンの燃料フィルターを交換した。 ヨットで開放感を味わうためには 手を汚して 体を使わねばならない。

       http://kawanishi.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_869c.html

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わかめ

 水温が下がり始める 十一月頃から わかめは大きくなり、 三月か四月に 水温が上がり始めると、 根が切れて流れ出す。

 今頃が収穫には良い時期で、 勇気のある人は 岩場に潜ればご近所に配るくらいは すぐに採れる。   私は勇気が無いもので、海面から手の届くところを 少し頂く。

 近くの島へ遊びに行き、漁船に抱かせてもらったら その舫いを少し揚げるだけで その日の分くらいは採れるし 桟橋につけたら 桟橋の海面近くに わかめがついている。採るのに道具は要らず 手でちぎればイイ。  根元の クニクニとしている所は、めかぶ と言う所で 茹でて細かく 叩いたら 粘り気が出て 三杯酢で食べると美味い。

 色は茶色いが 熱湯に浸すと三秒ほどで 鮮やかな緑色(わかめ色?)になり 味噌汁に サラダに 酢の物に 使える。

 新鮮さが命なので、店に並んだわかめよりは風味があって美味い。  ただ今年は暖冬の影響か 例年より収穫が少ない。  もう少し ナンカ欲しいナ と思う人は、岩場で、腰まで水に入ればヒジキも採れる。

 わかめも ヒジキも 昆布も 海草の類はよく食べるが、毛髪は増えず! あろう事か 白髪は やたらに増え続けている。  上も 下も・・・・・・・。

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干潮 満潮

毎日 東から上って 西に沈むが  月は一日に一回地球を回っているのではなく  地球が一日に一回回っている。

   月が地球を回る公転周期は  ほぼ二十八日 干潮と満潮は大きく月に影響されるので 潮汐も  月の公転と同じく ほぼ二十八日で 繰り返す。  太陽と地球の間に月がある時(新月),または月が地球を挟んで太陽と反対にある時(満月) の潮汐を  大潮 と言い  干潮 満潮の差が大きい 。    瀬戸内海は特に干満潮の差が大きく  ともなって 潮流が速い。    速度の遅いヨットにとって潮流の影響は大きいし   干 満潮によっては 航路も考えなければならないので 瀬戸内海のヨット乗りは  夜になると習慣で  月の大きさを見る。 見る月の大きさで 干潮 満潮の時刻を知る事ができる。

月の自転周期は 公転周期とほぼ 同じなので、 地球には同じ 面を見せ続ける。  アノ 裏側には 何かがあるのでは、 と アメリカもソ連(当時)も大枚を使って 探索に行ったが 結局は何も見つからなかった。 

      http://kawanishi.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_eff3.html

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一海里

一海里
船に乗っている人間は距離を表す単位で メートル キロメートルは 使わずに普通は 海里又は マイル(シーマイル)を使う。 海里と言うのは SeaMile の和訳 で普通は 略してマイルと 言う。

  一マイルの長さはメートルにすると 1852メートル。  地球はほぼ球型で 赤道に ナイフを入れて 二つに切り分けると  切断面は  ほぼ円型になり 中心から見た角度は 360度。   360分のⅠ の Ⅰ度の60分のⅠ(六十分の一度とは言わずに 一分と言う) この距離が一マイル つまり 1852メートルになる。 60進法 12進法の時計(クロノメーター)を用いて航海をし, 球体(360度)の表面の距離を測るのには都合が 良い。 一時間に 一マイル進む速度を 一ノット(Knot) と決めている。

 ちなみに 太陽の回る速度(実は地球の自転速度ダガ)は 一時間に子午線上で 十五度、 つまり、九百ノット 時速千六百六十キロ  スゴイ!

 地球の自転による遠心力は、高緯度の地域よりは 赤道近辺が 強く、 ロケットの打ち上げは なるべく赤道に近づいて行う。   体重も赤道の付近で 計ったほうが 少しは軽い ハズダ。

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六島の灯台

六島の灯台
六島灯台,岡山県で最初の灯台で 1922年に完成した とあり, 現在は無人 灯質は 等明暗白光 六秒, 光達距離は二十二海里, 光源の高さは水面から七十メートル。

今のような乗り方をする以前は ヨットレースを一生懸命にしていた。 航行区域の範囲でよく動いた,ヨットレースの始まる時刻までには 現地に到着しなければならない。  アマチュアのヨット乗りがレースのための 回航に使える時間は,仕事を終えてからの時間になる,休んでまでは若干無理がある。 どうしても回航は夜間になる時が多い, 西に行く時も 東に行く時も 勿論帰って来る時も この灯台にはお世話になった。  

今はGPSが手に入り易くなったが  当時あった  ロランCは 信頼も出来なく また 高価で 私達には買えなかった。  夜間は目を それこそ皿のように丸くして、灯浮標の光を捜しながら薄暗いコンパスを見つめた。   光を見つけると時間を計る、夜なので時計は見えない   当時のCMソングで すかっとさわやかコカコーラ  という歌があり、ゆっくりと歌うと 丁度 十秒になる。  この歌を丁度十秒で歌うことは 私たちの航海術のひとつだった。

六島と 向かいにある 四国、荘内半島との間は潮通しがよく、季節になると 夜光虫がヨットの作る波に反応して 光る。  住む町に比べて 光る星の数は桁違いに多い。   朝になってレース海面にたどり着き、レースを終えてまた仕事が始まるまでに 泊地に帰る。  あのような乗り方ができた頃を思い出しながら 灯台を降りてきた。 

   http://kawanishi.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_cf1d.html

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水仙の島 六島

水仙の島 六島
岡山県笠岡市 六島の島起こしのテーマは あちらこちらに植えてある水仙だ。

例年は、年末あるいは一月にその満開を迎えるので 友人のヨットと島で待ち合わせて 水仙の散策に島を回ってみた。  今年は冬の冷え込みが遅く、開花の時期が遅れていて まだ五部咲きくらいだった。 通りかかった人に尋ねると 二月の中旬頃だろうとの話だ。   以前は雑木が生えていた場所を開墾したり、畑だった場所を転作して 水仙の株が植えつけられている。  港から六島灯台に上がる道すがら(四、五百メートルか?)には 多数の水仙が咲き誇り(時期なら)、灯台まで上がれば 東は瀬戸大橋から 西は高井神島までの 瀬戸航路が見える。

六島には二箇所の港がある。 北側の湛江港と 南東側の前浦港だ、 其々の目標は 天理教の教会と お寺だ。  前浦港には定期船の桟橋があり 空いている時間なら係留ができる。 冬の風が身にしみるが三四箇所にカイロを貼って 出かけてみてはいかがだろうか。

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瀬戸内の真ん中

瀬戸内の真ん中
左側が岡山県笠岡市 大飛島(オオビシマ),右側が子飛島(コビシマ)。南東から見た所。

私が遊ぶ瀬戸内は潮流が速い。 その出入り口は三ヶ所、紀伊水道、豊後水道、関門海峡、入り口としては河川もあるが 残念ながら流量豊かな河川は瀬戸内には無い。  三ヶ所から流れこんだ海水は複雑な流れ方をしながら、 ここ大飛島と 小飛島のあいだでぶつかり合い満潮を迎える。 そして再び複雑な流れを作りながら、この島の中間を境に、東西に流れ 分かれて出て行く。  島と島の間は、約千メートル、大潮の干底では大飛島側から小飛島にむけて 三百メートル近く砂浜が出現し、面白い風景ではあったが 浜が隠れた時には通過しにくい場所だった。二十年ほど前の話だ  現在は同じ時刻でも 出現する浜は かつての三分の一 ほどもない。 

白砂青松の瀬戸内は、砂の海だった。 もちろん良い事ばかりではなく、砂州に乗り上げる船はあとを絶たず 折からの高度成長の背景もあって 埋め立て用として、建築用として、掘った 掘った 多分四十年以上にわたって掘った。  今、近くの浜はどこも痩せている、中国からの砂を買って 入れている海水浴場も近くにある。

経済成長とは反面で自然破壊の事で、先進国になるという事も反面、自然を壊さなければならないのだろうナ と思いながらこの島の間を 今日も通って来た。

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