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春が来た

春が来た 無題
春夏秋冬の四季の中では やはり冬が運動不足になりやすく  この三ケ月で体重が三キロ増えてしまった。   それでなくても メタボリック気味なのになお一層ブックリとしたお腹になった。
年末には女房と 十キロの差だったが 彼女は現状維持で春を迎えた。 追い付くなョ追い付くなョ  と言っていたのに その差が開いてしまったので  風呂上がりには 体重計に乗って見ろ と やかましい。

三月になってから自転車で走り回る事にした。    走る速度と距離は ハンディーGPSで確認し、 およそ八ノットで十六マイルを目標にしている。 

 春は結構 紫外線が強いのでサングラスは必需品だし、花粉症の防御もあるのでマスクも必需品だが どう見てもアヤシイ!   小学生の下校時に横断歩道で旗を振っているジーサンやバーサンが私の姿を見て 一瞬 ハッ! とするので、なるべく丁寧に頭を下げて通り過ぎる。  住宅地を十六マイルも走ると 何回も何回も 頭を下げるので、首の運動にもなっている。

 雨の日以外はこの サイクリングを続けているが まだ効果はナイ。  GPSのトリップメーターはすでに 三百マイルを越えた。

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介護ⅩⅩ 姥捨山

介護ⅩⅩ 姥捨山
三月ニ十五日(日)午後四時の 特別養護老人ホームの駐車場の風景。

  左側の三台は施設の車で 右側の三台が 入所者に面会に来た車だ。   各々に子や孫や連れ合いが乗って来たのだろうが  それにしても三台(一台は私の車) 三家族分だ。

ロングステイ,ショートステイ両方で 八ユニット(一ユニット定員は九人)総定員七十ニ人 若干の欠員があっても 五十人近くの 入所者がおられる,その割りに車の台数が少なくないか?

 介護保険制度が始まる頃、姥捨て山を作るつもりか と言った人がいた。  が 現実には在宅介護が無理な人はいるので、全国各地に多種多様のご老人向けの施設が完成し、 豪華でキレイな施設 の宣伝のパンフレットが配られている。

 姥捨て山になるかどうかは 受け入れる施設側の問題ではなく、送り出す家族側の問題なのだが 穏やかな日曜日の午後の この状況を見ると、”姥捨て山” になるんじゃなかろうかと思ってしまう。

 面会人が行くと 入所しているご老人は間違いなく喜び、面会人を見送る時は寂しそうな表情になる。 残念ながら施設のスタッフ相手には そのような喜怒哀楽の表情は出ない。  喜怒哀楽の変化が少ないご老人は 言葉は悪いが ”楢山に行った おりん” のようなものだ。

 せっかくの施設を ”楢山” にしてしまったのでは、施設側も 家族側も なによりご本人が 愉快ではナイ!

 各ご家庭に 各々の事情があるだろうが、在宅の手間を思えば 週に一、二度の面会は簡単な事だろう。  この週末には家族で オバーサン(多分)に 会いに行こう。

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セーリンググローブ

マリンショップ セーリンググローブ
地方のヨット乗りにとって ホームセンターはマリンショップを兼ねる。      

セーリンググローブが必要になったらホームセンターの作業服コーナーに行き、皮手袋の売り場を捜す。 必ず四,五種類の皮手袋があるので その中でも見てくれが良く,柔らかで丈夫なものを選ぶ。

セーリンググローブとして使うのは ショートフィンガーの手袋が使いやすいが、ホームセンターで売っているのは ほとんどがフルフィンガーなので ここから少々手を加える。  既製品に手を加えて使いやすくするのはヨット乗りの特技なので 苦にはならない(ハズダ)し 必要な道具はヨットの中に積んである(ハズダ)。

 皮手袋を裏返し 五本の指先を各々三センチほど切り落とす。 そのままだと縫い目からほころびるので 指先の縫い目(二本か三本か四本)を ほころびないように一センチづつ縫い目の上から 別の糸で縫い込む。    五本指とも縫い込んだら(左右で十本) 元のように表返して?出来上がる。

 市販のセーリンググローブに勝るとも劣らぬ 自分だけのセーリンググローブができた。

 普通 何かを自作する時の経費の三分の一は 道具代だが これに限っては購入しなければならぬ道具はない(ハズダ)。      鋏、セールニードル、トゥワイン、パーム これらはヨットに乗る人間なら 皆 持っている(ハズダ)。

 春夏秋冬 季節に応じて 自分だけのセーリンググローブが完成する。

 左右一対を作るのには 約一時間を要し 近くで見つめる作業なので 終わったら目薬を必要とする。

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補機

補機
私のヨットに積んでいるディーゼルエンジンはヤンマー製 三気筒 二十四馬力 三千五百回転。 非力のエンジンだがこれが故障すると出入巷ができない。普段から大事に大事に扱っているつもりだが たま〜に機嫌を損ねる。

 いつも注意深く 音を聞いたり触ってみたりしていれば 気づきそうなものだが、 大抵の場合は ピー! の警告音が鳴ってから初めて、気づき慌てる。

 昨年は冷却水ポンプの軸受けのボールベアリングが壊れた。  後から思えばその兆候はあり 前もって修理しておけばよかった。   その前日にエンジンを点検した際に 冷却水ポンプのVベルトが 少し緩んでいたのだが、それを絞めてしまったのだ。 処置の方法を間違えた。

 出港して友人との待ち合わせ場所の マリーナに向かう途中で ピー!が なり始めて冷却水の吐出が止まった。 エンジンを停止しないと焼き付き 高いものにつく。

 ヨットでよかった!   回らぬエンジンと格闘するよりはセールを揚げたほうが確実で、風さえあれば 目的地まではいける。 

 そのときも友人との待ち合わせ場所まで たどり着き、最後の百メートルを曳航してもらい 事なきを得た。  

 ヤンマーの代理店に電話を入れたら、ありがたい事に 一個在庫があり、すぐに持って来てもらい 一時間ほどで このトラブルは全面的に解決した。   若干の出費とピカピカになった冷却水ポンプを取り付けて その日の夕方には泊地に帰った。

   

 

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ヨットの肩振り

肩振り
どう言うものか ヨット乗りは無口ではなく 何かの作業をしていても誰かの 「コーヒーでも飲もうか」の声で始めるコーヒータイムは 二時間を越える。 このような与太話しを 昔の船乗りは ”肩振り” ”肩を振る” と言っていたらしい。

語源は知らないが、そう言うものだと先達の船乗りに教わった。   多少おおげさに話す時の様子が 肩をゆらせているように見えるのかも知れない。

 ヨット乗りの話も少々 尾ひれがつき、 十メートル/秒の風は何回か話すうちに 二十メートル/秒まで吹き上がり、 一メートルの波に乗って帰ったら その日のうちに二メートルの波になる傾向がある(瀬戸内では二メートルの波は台風並み)。

 私を含めて そのような話をする時は  まず片方の肩が前に出て、しばらくして もう一方の肩も前に出る。     他愛のない ”肩振り話” で、話す方も聞く方も ある程度事情が判っているが、 初心者が入っていて 真に受けてしまうと”肩振り話” ではなくなってしまう。

 多分、どの世界も同じような事だろうが、新たに入っていく初心者の人は 注意、忠告、指導と ”肩振り話” を区別して聞く能力が必要だ。

 ヨットの先輩はその先輩から ”肩振り話”や注意 忠告 指導を受けて来たので、 当然ながらヨットの後輩も、先輩の話の中には 注意 忠告 指導に混じって 充分な”肩振り話” が入っている事を 承知しておかねば ならない。 

 全部の話を真に受けるような生真面目な人間は、ヨットには向かない。 ヨットは北を向いて(リーウェイで)東に行ったり、 前進しながら(潮流で)後に下がったりする イイ加減な乗り物だ。

      http://kawanishi.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_9bed.html

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介護十Ⅸ春の異変

介護十Ⅸ春の異変
母がお世話になっている特養(特別養護老人ホーム)の ユニットの定員は九人, 食堂ではいつも八人が集まって食事をしていた(お一人はチューブ食で寝たきり)。

 先月に骨折で病院に行かれたAさんは まだ帰って来ない。 今月になって お二人が血圧の異常で病院に入院されたので、現在は食堂で食事をする人は 五名になった。

 ここ一年余り、多少の入れ替わりはあったが ズっと八名で食事をしていたのが 五名になると チョット淋しい。  が 元々、食事をしながらお互いに話をする訳でもなかったし 他人の詮索をする訳でもなかったので、食堂に集まる人達は いたって平静だ。 

 午後七時の写真を見ると、左の白い頭のオバアサンはご自分の入れ歯をティッシュで磨いている、 左から二番目のオバアサンは同じくご自分の入れ歯を湯のみで洗っている、 三番目のオバアサンは椅子に座ったまま寝ている、 一番右の私の母親はテレビを見ながら 苦情を言っている、 もう一人のオバアサンはサッサと部屋に帰ってしまった。

 この状況は八時ごろまで続き、やがて 眠くなった人や座っていてお尻の痛くなった人の順で 各々の部屋へ帰る。  Bさんは一番最後になる。

    http://kawanishi.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/b_03cc.html

        

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トラブル(不具合)

トラブルが好きなヨット乗りは多分いない、がヨットにトラブルはつきものだ。 先日の燃料フィルターからの油漏れが止まったと思ったら、今回は燃料タンク出口コックのパッキンが痩せて燃料がビルジ溜まりに 落ちてしまった。

  幸いに少量だったのと早めに気づいたので、ウェスでふき取って洗剤で洗っただけで、現状復帰できた。  コックの様子を見るのに時間がかかるので近所のヨット乗りとコーヒータイムが始まった。    そこで聞いた話をヒトツ、

 夏の暑い日だったのだそうだ。     あるヨットで 共同オーナーの一人が以前から通い詰めていたロシアパブのネェーチャン二人を招待して海水浴に出かけた。       主催者の思いとはうらはらに 彼女達は日焼けを嫌い、ジーパンにパーカーの装備だったのだそうだ。 主催者のお父さんは 一人で泳ぐ訳にも行かず、かと言って充分な会話はできず、ひたすらにビールと上等なワインを飲み回していたらしい  まだ陽も高い午後一時頃になって彼女達は オミセノジュンビ とかで帰港するように言ったのだそうだ。    一時で開店準備はナイダローとは思ったものの、話すことはないし、見るものもないし よし!帰ろう  と言うことになったらしい。  

  あの浜を出てから 最低500メートルは西に沖出ししてから北上せねば、北側の暗礁にぶつかる事は ここらのヨット乗りは皆、モチロンお父さんも知っていた筈だ。    2GM 3200回転で 凡そ6ノット 警察がシートベルトの実験に使うスピードくらいか? 

 お父さんにもネェーチャンにも怪我が無かった事は不幸中の幸いだった、としか慰める言葉はなかったのだそうな。  上架したヨットのキールは下辺で二三十センチ左右に動き、修理業者の見積もりは百万ではドーカナ?  共同オーナー同士の弁済割合は中々決着がつかず、まだ修理は手付かず。

 二年半前の話だそうで、それに比べると 私のヨットのトラブルなんぞは トラブルの内には入らないかも知れない。

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風除けの日除け

風除けの日除け
クルージングヨットにはドジャー(風除け,波除け)は必需品だ。

 ドジャーの上面は 耐紫外線の布を使用するが、前面と側面には 見通しを良くするために 透明のフィルムを使用する。     ところがこのフィルムは紫外線に弱く、二、三年経つと 白濁して見通しが悪くなる。 

 その度に作り直す費用を 節約するために 係留時には 風除け(ドジャー)に日除けをする。  

 私のヨットにはアクリル板を使ったので 日除けは要らないが、隣の友人のヨットは フィルムを使ったので、日除けは必需品だ。 

 このように手間を惜しまない友人のヨットは、内装も外装もきれいにしている。     内装は昨年 自分で材料を買って来て自分で張り替えて ピカピカになったし、 先日の雨の日にはカッパを着て、洗剤でデッキを洗っていた。       

 残念ながら、帆走るのはあまり好きではないのか あまり沖には出ない。  そのような趣味もあるのだろう。

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若手は若手?

全国的にそうなのかも知れないが,この地域では合板の FJやY15,K16CやY19 などを自作で作り始めたのが ヨットの草創期で,その時代を支えたのは 1940年から1945年生まれの 人達だった。

その頃から およそ三十年余,先輩達は六十代の半ばにさしかかり ヨットから離れた人もいるし ヨットを続けている人もいる。    私がヨットを始めたのは 三十年前で 草創期を支えた先輩達はまだ若く元気があり 同じ頃にヨットを始めた私や友人はまさに若手だった。  クルージングの段取りをし レースの運営に当たり 忘年会の場をあたり  花見用に錨を打った 嫌ではなかったしそれはそれで楽しかった(ナニシロ若手なので)。

 同じ時代にヨットを始めた 私や友人はほぼ同年代で、五十プラス、マイナス五、 そろそろ老後の事を考える年代なので 若手とは思えぬし ゲストから ”オジサン” 呼ばわりされるくらいなので 見た目も若手ではなかろう。

 先日、とあるヨットの会合があり出席した。 どうやって普及をさせて若者を引き込むか の 話だったのだが、その場には先輩達も出席していておっしゃった ”これからは 君達 若者に頑張ってもらわねば”    思わず友人と顔を見合わせた ”オレ達のことか?”        どうも私達の事らしい。  今まで三十年を若手で過ごし、このままでいくと たとえ歯が抜けても、腰が曲がっても あと十年は 私達は若者?でいられる。

 私の故郷は 高齢化が問題になる山間部で 今も親戚が住んでいる。 青年団の定年はナント六十! 六十五から老人会に入るそうで 老人会では七十は若手。  サバイバルの戦いは、今の所、百二歳まで続くそうだ。

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小鳥が死んだ

小鳥が死んだ
飼い始めて十年を越える文鳥が死んでしまった。

雛の時から(女房が)餌をやり,人間によくなついた小鳥で 絶えず手に 肩に 頭に 止まってさえずり,愛嬌を振り撒いていたが, 一週間程前から動作が たどたどしくなり、止まった所から落ちるようになった。

十年を越えるご老鳥なので心配していたが ようやく春を迎えた時期になって逝った。  私が母親の介護に行く午後五時から女房が事務所から帰る 午後七時の間で 女房が帰った時にはまだ暖かったそうだ。

最後に水浴をした痕跡があった。 怪我のために飛べなくなっていた小鳥だったが もう自由に空を飛んでいるだろう。

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ハンディーGPS

ハンディーGPS
                           最近までヨットで使っていた カーナビが 壊れた。

  カーナビは道路も 駅も スーパーも表示してくれて それなりに便利に使っていたが、長くヨットの中に置きっ放しにしていたら 湿気と塩気で ディスクドライブが壊れてしまった。

 湿気にも塩気にも強く、配線が少ないものを と思ったらこのGPSになった。  使い方に慣れようと思い、自転車に乗せて 一時間ほど走り回ったが ウーン! やっと一割くらいか。  

 性能を出し切れぬ事は、携帯電話も同じだが 携帯電話はどこを押しても日本語の表示なのでまだ可愛い。   コイツに入っている言語は 英語とロシア語とフランス語とスペイン語、全部で十言語も入っているのに 日本語がナイ!。

 昨日の夜、間違えてロシア語を選択してしまったら、英語の表記に戻すのに三十分もかかってしまった。 当分はチャートの表示だけで帆走らなければならない。

 舶用品は自動車用品よりも、使用方法がムツカシイ。

          http://kawanishi.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_1573.html

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暖冬

  十二月になっても暖かく、一月も暖かく、二月になっても暖かかった。  三月になって平年並みの気温になり、 この冬の初雪は 三月六日だった。

  一月は六回 海に出て遊んだが、二月には四回になった。 三月は寒くなったので まだ一回しか海にでていない。  海に出るのは仕事ではないので構わないが、チョット寂しい。   

 桜の開花予定日も 段々とずれているので マァーこれも平年並みになるかも知れない。 本格的に海に出るのは 今月の下旬頃からだろう。 

 昨日、今日の空を見ると 気持ちが良いがまだ風は冷たい。

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菜の花

  菜の花アレルギーの人がいるかどうか知らないが 少なくとも私は 菜の花アレルギーではない。

  時期的には 杉も檜も 菜の花も同じ季節なのだが、菜の花の栽培をしている友人の所に行っても グスグスにもショボショボにもならないので 菜の花には近づいても何ともない。  もらって帰ってテレビの上に飾っているくらいだ。

 家内には内緒だが、ハウスダストはかなり怪しいと思っている。

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介護ⅩⅧ 母の近況

 四年前に脳梗塞で倒れ、現在は特別養護老人ホームにお世話になっている母が、先日 八十八才の誕生日を迎えた。

 施設のスタッフから "お誕生日 おめでとう。いつまでもお元気で!” と言うカードをもらい、 ”今日はワタシノ 誕生日だ” と喜んでいたので その日が 自分の誕生日であることは自覚したようだ(年齢は間違っていたが)。     

 認知症とは言え、自分の名前 生年月日 親兄弟の名前 家族の名前、 は今でも聞き取りにくいが言える。  ただし 今、何年の何月で どこに居て 目の前にいるのが誰か、 が判らない。 一瞬判る時もあるので、判っていないと思って話を始めると ご機嫌が悪くなり 口からよだれをこぼす(多分、不満があって困らせようとして)。 周りの人が慌ててテイッシュぺーパーで 拭いてくれる様子が楽しいようだ。

 ここしばらくは体の具合も悪くなく、よくしゃべる、実によくしゃべる。  発病以来、この特養にお世話になるまで 病院と施設を六ヶ所移動して 多くの患者さんを見て来たが、殆どの人はあまり進んではしゃべらない、母ほどしゃべり続ける人は今まで知らない。

 人を見ては ”ジジイ ババァ ばか しね” と言い、テレビを見ては ”でるな バカ ヒッコメ” などと言い続け。 私をつかまえて ”はげオヤジ” と言い、 体格のよいスタッフを見ると ”ブタ” と言う。ベッドに居る時は ”チン○ ○ンコ”と大きな声で 歌っている。

 以前の成年後見の精神鑑定書に ”色情の気がある” と書かれた(後見人には開示する) 事があり 私も知ってはいるが、近頃は 段々と大きな声で歌うようになった。        最近は 私も一緒に本人よりも大声で歌う、 すると恥ずかしそうな表情になり歌う事をやめる。  幼い子供が ”ウンコ! オシッコ!” と喜んで叫ぶのと同じ 自己の主張だろうが、精神科医はそんな所まで 思いを回す事はなく、色情と判断したのだろう。

 それにしてもこれは相当に恥ずかしい。ベッドで寝ている八十八歳の老婆と、五十代の”ハゲオヤジ”が 一緒になって ”チン○ マン○” と歌う。  ましてや耳の遠い老人に聞こえるように(少々)大きな声で歌わねばならない。 マンションの一室からそんな声が聞こえたら間違いなく通報されるか、保健所の人間が飛んで来るだろうが、施設のスタッフは そんな事でびっくりしていては勤まらぬので、聞こえぬ(ような)顔をしてくれる。 

 年を取るごとに性格は丸くなり、欲もなくなり、穏やかになる なんて事は勝手な幻想で、つねられて痛いのも、恥ずかしいのも我慢せねば病人とは付き合えない。特に介護をしている人間は、幻想を追うと 思い込みが強くなって失敗する。  

  こんな事まで書くのはいかがかとは思ったが、似たような症状の家族を介護している人も 多分おられるだろうと思い 書いてみた。 

      http://kawanishi.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_d5b2.html      

      

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船底掃除

船底掃除
海上係留しているヨットは陸上保管のヨットに比べて しなければならぬ仕事が一つ多い。  一年に一度の船底掃除がそうだ。

  一年経ったヨットの船底に付着しているモノは 海苔その他の海藻類, ナマコ状のジィジィと勝手に呼ばれる生物、なにより一番多く頭を 悩ませるのは フジツボだ  漢字で現すと富士壷だそうで 優雅な感じがするが  ヨット乗りにとっては始末が悪い。  ヨットを陸上に揚げて 船台に乗せて 一年の間に船底に付着した色々のモノを落として これから一年の間に 色々のモノが 付着しないように願いながら  新たに船底塗料を塗る。                

以前の船底塗料は 毒性が強く皮膚についたら 赤くただれたが  近年の物は 国際海事機構の国際条約批准 のおかげで マイルドになり 誤って顔についても タオルで拭けばなんともなくなってしまった。

三十フィートのヨットは海に浮かべると 決して大きくはないが、陸上の船台に置いて 下から見上げると かなり大きい、三次曲面でざっと二十平方メートル、SeaJet033 4Kgを 二缶 ローラー刷毛で塗っていく。   不器用なせいもあるが上向き塗装なので 終わったら 帽子からシャツから靴まで 点々とペンキが付く。 捨ててもいい服で作業するので終わったら捨てる(洗ってくれ とは言えない)。

 例年、夏前にこの作業をすませ、すべすべの下半身で夏を迎えるようにしている。   そのためには そろそろ 道具の準備と 心の準備 捨てても惜しくない服の準備を しとかねば。

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花粉症

 はっきりとは覚えていないが、五、六年前からどうも花粉症になったようだ。

 医者の診断ではないので定かではないが、ここ数年 この季節になると鼻はグスグスとし、目はショボショボになる。 そして女房の花粉症の薬を服用すると、グスグスもショボショボも治る。

 杉と檜の植林地帯に囲まれた山間部で生まれた私は、一生 花粉症とは縁がないと思っていたので この症状に気がついた当初は ショックだった。    杉林や檜林は子供の時の私達の遊び場だったし、枯れ枝は炊きつけの材料だったし、間伐材は主要な燃料だったのだ。    なにより家の回りのほとんどが、杉と檜だった。

 それにしても海に出ている時はそんな症状はないので、海には花粉は飛ばないのか?  イヤイヤ自転車で近所を走ってもグスグス ショボショボにはならないから本当は花粉症じゃないかも、などと思ってみるが フッと油断するとくしゃみをしながら鼻をすする自分がいる。    女房は笑いながら自分の持っている薬を出してくれるが、シャクなので三回に一回しか それも半分の量しか飲まない。  これは花粉症なんかじゃなくて、ハウスダストとか言うものじゃないか?などと言って白い目で睨まれたりする。

 今でも人前では 花粉症だとは言えない。  花粉症は現在 国民病になっているので 私がなっても不思議ではないが どうも似合わないのではないか。   ”花粉症のオジサン” ウーン CMには使えないミスマッチではないか!     若い娘さんを使った痔の薬と、水虫の薬のテレビCMを見た事があるが オジサンを起用した花粉症の薬のCMは見たこたがない。  要するに(オジサンの花粉症)または(花粉症のオジサン)は世間では認知されていない。

 晴れてオジサン達の花粉症が認知されたら、透明のめがねをかけて大きめのマスクをつけて ”ワシは花粉症じゃ” と言いながら出歩きたいものだ。

  今日は外を出歩いたが何ともなかったなぁ。やっぱり風邪かも知れん(往生際が悪い)。

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介護 ⅩⅥ 振り回される

施設の介護スタッフを職業にしている友人がいる。 その友人が言う所によると、入所者に対する時に心がける事は、 ”振り回される” 事だそうだ。  

 介護施設、老人ホーム、グループホーム、etc 色々な施設があり、色々の症状のご老人が おられるが、概ね頑固で、傷つきやすく、寂しがりやだ(男女を問わず)。          このようなご老人に 説いて教えるような事柄 は下の世代の人間にはない。      

介護スタッフに課せられた職務は、 ”ご機嫌よく 怪我をせずに” 暮らして頂く事だそうだ。 そのためには どうしてもして頂きたい事以外はして頂かない。 痛がる手足を伸ばしはしないし 突然に歌い始めた歌を止めるような事はしない。   テレビに向かって苦情を言い始めても(私の母だ!)止めない。  壁に向かって話をしても誰の迷惑にもならないし ”おいてあった煎餅がない” と言われれば、ないと知っていても一緒に探せばイイ。 演芸会でカラオケの伴奏とちがう歌を歌っても 喜んで拍手をするそうだ。                                    ただし 食事は励ましながら、なだめながらでも摂ってもらい、 朝夕の着替えは一日のメリハリをつけるためにも、多少の抵抗は無視して行うそうだ。

大病院の看護婦長をしながら 看護学校の教師をしている友人もいて、その人が言う所によると、入院患者に対する時に心がける事は ”振り回されない” 事だそうだ。

 怪我や病気で入院している人には、各々の事情があるが、本人も周りも 早く回復して欲しい思いは同じなので そのためには ”痛がっても手足を伸ばし 二時間の点滴を一日に三本し 傷口に張り付いたガーゼを剥ぎ取る”  患者が嫌がっても、そんな事に振り回されては治療にはならないそうだ。 発熱でうなっている患者にも検温時には 冷たい体温計を入れる(近年は耳で計ることもあるが)。  摂食の少ない患者の点滴には栄養剤を入れる。  振り回されない医療のおかげで、患者の選択肢は広くはない。

 ナイチンゲールに始まった看護学と言う学問は、二百年経ってその守備範囲や奥行きが 大分確立されたようだが、 介護保険制度から始まった介護学は まだ十年足らずで、守備範囲や奥行きが まだサッパリ見えてこない。 本人も、スタッフも、家族も まだ当分の間は介護学に ”振り回される” かも知れない。         

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ヨットのエンジン

ヨットのエンジン
ディンギーと言われる小型ヨットには積んでいないが ,少し大型のクルーザーと言われるヨットには 通常エンジンが積まれている。 

 出入港の時は、ヨットでもエンジンを使わねば、ならない。  風の向きと強さによってはそのままポンツーンから セーリングで出たり、セーリングでポンツーンに着けたりできるが そんな事は 年に数回もない。

 私の乗る30フィートのヨットに積んでいる三気筒の ディーゼルエンジンは 静かではなく、振動もするが、それがあるからこそ沖に出て セールを揚げてエンジンを止めるのが楽しみになる。  音も振動もなかったら 島に着くまでエンジンで走るかも知れない。

 エンジンを止めたヨットは 実に静かになり 遠くの船が起こした波を掻き分ける ザーッと言う音だけしか聞こえない。                                          風の力で少し傾いた船体(ハル)は、前後左右に軽く揺れながら 海面をかき分け、後に航跡を残しながら 舵を当てた方向へ進む(遅いが)。 海面を泳ぐカモメも、音もなしに近づくヨットには警戒心が薄く 頭を打ちそうになって慌てて逃げていく。           近くを帆走るヨットに手をあげて挨拶をし、また其々の方向に分かれて行く。

 ヨット乗りはこの開放感が好きなので、そのために なけなしの小遣いを遣い、ペンキだらけになってペンキを塗り、油だらけになってエンジンの整備をし、震える足を押さえながらマストに登る。

 逆説的だが、音と振動のするエンジンがなければ 音と振動のない所には行けない。 水を美味しく飲むためには、水を飲まない事。   物を美味しく食べるのには、物を食べない事。  と似ている。

 今日は半日セーリングを楽しみ、帰ってコクピットにペンキを塗り、エンジンの燃料フィルターを交換した。 ヨットで開放感を味わうためには 手を汚して 体を使わねばならない。

       http://kawanishi.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_869c.html

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介護ⅩⅤ 今度はBさんだ

Bさんは 長く病院で過ごした 後に この特養に 入所して来たそうだ。 四肢は動くが 脚力は弱い、 車椅子に乗って 居間兼食堂(LD) にいると 部屋に帰りたがり,体を前後に揺する。

部屋に連れて行きベッドに寝かすと 一人にするな と 声を上げて訴える。 どうして欲しい 訳ではなく 《今》が愉快ではないようだ。  

夕食を終える頃の午後六時半にはスタッフは一人と半分(三人で二つのユニット)。    私が行くホームのユニットは定員が九人、ご自分で 食後のウガイをして着替えをする人は 一人!   スタッフが たまたまBさんのウガイと着替えを済ませて ベッドに寝かせたまま 他の人の着替えを していた時に、 Bさんはベッドから落ちた。

  不幸中の幸いで 打ち身ですんだ。常駐の看護婦が 湿布を貼り手当てをした。 今日で四日目だが Bさんの顔の 右半分は まだ青く腫れている。   その後Bさんは 着替えを済ますと また 食堂に出て来て 私達と一緒にテレビを見るようになった。

  テレビを見ている訳ではなくスタッフの目が届きやすいためだ。  車椅子から落ちるほどの力はないので ケガの心配は今の所 ない。  気が向いたら ご自分の部屋を捜して ユックリと 車椅子をこいで ユニットの中を廻っておられるが、見つからないので 二回りほどしてから テレビの前に帰って来る。

 (スタッフに)”オネーサン 私ゃ 帰りたいんじゃが” と訴えるが、四日前の件があるので 部屋には帰してはもらえない。 三分もすると 再びご自分の部屋を捜しに 車椅子をこいで ユニットを ゆっくりと回る。 

 Bさんは普通食で自力で食べるが 食が細く 三食とも半分ほどしか食べない。     発する声は か細く 耳を近づけないと聞こえないくらいで ”いらない” ”かえりたい”  ”うん” ”はー”  くらいしかしゃべらない。                                                         老若男女を問わず 、誰一人知り合いのいない所に 置いていかれたら不安になり、口数は減り、食欲も落ちる。   ましてやか細いご老人だ。 

 Bさんが入所されて まだ二週間ほどなので 環境に慣れるのには まだ時間が足りない、 慣れたら もう少しは 元気になるかも知れない。

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わかめ

 水温が下がり始める 十一月頃から わかめは大きくなり、 三月か四月に 水温が上がり始めると、 根が切れて流れ出す。

 今頃が収穫には良い時期で、 勇気のある人は 岩場に潜ればご近所に配るくらいは すぐに採れる。   私は勇気が無いもので、海面から手の届くところを 少し頂く。

 近くの島へ遊びに行き、漁船に抱かせてもらったら その舫いを少し揚げるだけで その日の分くらいは採れるし 桟橋につけたら 桟橋の海面近くに わかめがついている。採るのに道具は要らず 手でちぎればイイ。  根元の クニクニとしている所は、めかぶ と言う所で 茹でて細かく 叩いたら 粘り気が出て 三杯酢で食べると美味い。

 色は茶色いが 熱湯に浸すと三秒ほどで 鮮やかな緑色(わかめ色?)になり 味噌汁に サラダに 酢の物に 使える。

 新鮮さが命なので、店に並んだわかめよりは風味があって美味い。  ただ今年は暖冬の影響か 例年より収穫が少ない。  もう少し ナンカ欲しいナ と思う人は、岩場で、腰まで水に入ればヒジキも採れる。

 わかめも ヒジキも 昆布も 海草の類はよく食べるが、毛髪は増えず! あろう事か 白髪は やたらに増え続けている。  上も 下も・・・・・・・。

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